―――空港

やっと空港に着いた時には、もう空は綺麗な朱色に染まっている頃だった。
空港の大きな窓にも、明るい太陽の色が反射して映っていた。
太陽はもう沈みかけていた。
私は息を弾ませながら、行き交う人々の流れの中、あいつを探した。
でも、見つからない。
こんな公の場で大声を出すわけにもいかず、私はたったの5分足らずで、あいつを探すのは諦めた。
最悪。
飛行機の時間、聞いとけばよかった。
後悔の思いが、胸に沈む。
もう飛行機、飛び立ったかもしれない…
飛行機の出発を表示する電光板を見上げたけれど、瞳が潤んでよく見えなくて。
ああ。まだ、まだ泣いちゃだめ。
ごしごしと手の甲で涙を拭う。その時、電光板のしたから、人の視線を感じた。
よく知ってる、この感じ。
目を向けた。あいつが、いた。
青いベンチのシートに腰を下ろしていて、私と目が合うとにっと笑った。
あいつだった。すぐ傍にいる。
あいつは立ち上がって、こっちに歩いてきた。
混雑する人混みの中、私にはあいつが歩み寄ってくる音以外、耳に入って来なかった。
あいつが目の前に来たとき、あいつが私の目の下に触れた。
一瞬、何が何だか分からなかったけど、やっと涙を拭いたのだと分かった。
気付かなかった。涙が流れていたことさえ気付かなかった。
ただ、あいつが眩しく輝いて見えて、それであいつしか目に入ってなかっただけで。
「俺、実を言うと学校では夕方くらいに行く、って言ったけど」
また涙を拭く。
「本当はもうちょっと遅い便だったんだ。お前がきっとそのくらいに来ると思ったからさ。
 皆には悪いけど、きっとお前はそのくらいに来ると思ったから」
そう言って、またにっと笑った。
その顔が私にはなぜだか、とても大人びたあいつに見えた。
「きっと来てくれると思ってた」
「馬鹿!」
私はあいつの胸に倒れ掛かって、泣いた。
周りで行き来する人達が不思議な目でこっちを見る。
でも私は気にしなかった。あいつも気にしていない。
私の背中をぽんぽん叩いて、涙で服が濡れるなんてお構いなしだ。
「好き。好きだった」
涙も収まって、私はあいつの胸の中で呟いた。
「俺も」
その言葉が嘘のようで、私はあいつを見上げた。
でも嘘なんかじゃなかった。あいつは私を見下ろして、微笑んでいる。
こいつって背が高かったんだなぁ…そんなことを思った。
「住む場所は違うけど、絶対、絶対会おうな」
私は答える代わりに、ぎゅっとあいつに抱きついた。
「364便、364便にお乗りの御客様」
アナウンスがかかる。
「ごめん。もう時間が来たみたいだ」
私達は離れ、あいつは唇を噛み締めて言った。
「いつかお前を迎えに行くから、それまで待ってて」
「うん。待ってる」
また涙が出てくる。
私ってこんなに涙脆かったっけ…。
「何年経ってもずっと待ってる」
私達はまた抱きしめあった。



「絶対、絶対だぞ」
あいつが言った言葉が耳について離れない。
私はあいつが乗った飛行機を、空の彼方に遠く消えるまで、目を離さず見送った。
いつまでも、いつまでも手を振り続けた。

 ずっと、待ってるから