Thank You 5.涙と笑顔、そして・・・
それから石に躓いてこけて、そんな自分を笑って、もうこのままでいいかと、そのまま地面に横たわっていた。
ちょっと前のことのはずなのに、まるで遠い昔のことのように思えていた。
姉貴と俊さんが心配になる。
「君に会いたいって人がいるんだけど、今すぐ会えるかな?」
野崎医師の声でふいに現実に戻された。 そしてその言葉に、私は有り得ないことを望む。 姉貴と俊さんでありますように!
だがしかし、否、やはりと言った方が良いのか。 「入るわよ」と言って病室へ入ってきた人物は違った。 それどころか、私が全く予想していなかった人物だった。
両親だ。
野崎医師と看護婦が「それでは、何かあったらお呼びください」と言って病室を出て行った。 私は動くことができなかった。できればここから即急に逃げ出したい。 そんな衝動に駆られるも、出来なかった。私には両親を凝視することしか出来なかった。
どのくらい沈黙が続いただろうか。 病室の空気は重く、両親は床に視線を落としたままだった。 だが母親がいきなり私に目を向けて言った。

「奈央、ごめんなさい」

いきなりの謝罪の言葉に私は少なからず驚いた。何もかも予想がつかない。それに・・・
謝らなければいけないのは、私の方―――

「すまない」

父親も同じように謝る。

「私たち、今までどうかしてたわ。あなたのこと、ぜんぜん分かっていなかった。 周りのことだけ気にして、あなたを見ていなかったの・・・本当にごめんなさい」
母親は一気にそこまで喋った。私は目を逸らす。母親と父親の涙を見たからだ。
「許せない親よね。バカな親よね。 あなたは私たちの子どもなのに、私たちが見捨てたらあなたはどうやって生きていけばいいというの。 あなたは寂しかったのよね、だけど誰にも言えなかった・・・。私たちは聞こうともしなかった。 あなたはどんどん私たちから離れていって・・・それはあなたが悪いのでは決してなくて、私たちが悪かったのよ。 結局あなたを分かっているつもりで全く分かっていなかった。 分かろうとしなかったの。ごめんなさい。ごめんなさい」
母は鞄からハンカチを取り出して、涙を拭いた。 それでも溢れ出る涙は頬を伝っていく。
「ごめんなさい」
謝罪の言葉を発し続ける両親を見ながら、こう思った。 ああ、なんてバカだったんだ、私は。なんで両親を見ようとしなかったんだ。

「もう・・・いい」

それしか言えなかった。否、もう一言、言いたかった。
「ごめん」
まだ顔を見て言えないけど。
「ありがとう」

その時の2人の顔はきっと一生忘れない。 涙を流しながらも笑顔で、本当に嬉しそうで、母さんも私も大声で泣いた。 父さんも服の袖で涙を拭っていた。
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