Thank You 1.病室
気付いたときにはベッドの上で横になっていた。 そこが病院だと分かったのは、自分の部屋でも姉貴の部屋でもない、太陽の光が差し込む、明るくて清潔感漂う場所だったからだ。 私がいるのはどうやら個室だった。 ベッドのすぐ横には白いタンスの上にちょこんとテレビが乗っていて、その後ろは窓だった。 カーテンが大きな窓を覆っている。 これまた白いカーテンで、私には似合わないレースの飾りがついていた。 いつもならこんなカーテン引きちぎってやりたい衝動に駆られるだろうに、どうしてか今はそんな気にはならなかった。 心が静まっていて、とても穏やかだ。 ここ何年かなかったこんな気持ち。 でも不思議と嫌ではなくて、むしろこんな自分が心地よかった。 ずっと避けていた自分のはずなのに。
「変なの」
気付くと左腕に点滴がうたれてある。顔や体の怪我(擦り傷程度だ)にも処置が施してあった。
コンコン、とノックの音がした。「潟中さん、入りますよ」
見ると真っ白な服に身を包んだ看護婦と、白衣を着た初老の医師と思われる男が入ってきた。2人は私を見て微笑み、医者が口を開いた。
「私は野崎だ。調子はどうかね、潟中くん」
ゆっくりと喋る声は重低音で心地よい声だった。 短髪で何本か白髪が混じっている頭。 四角い眼鏡の奥の瞳は優しく笑っていて、私は何だか安心した。
「寝ている間に点滴を打たせてもらったよ。どうやら必要な栄養素が足りてないみたいだからね」
野崎医師はまた優しく微笑んだ。そして手に持っていたカルテを少し見て、言った。
「さて、君はここにくる前に何をしていたのか、思い出せるかい?」
一体何をしていたんだろう。数時間前の記憶を探る。

私は・・・・・・
そうだ。
私はあの時、姉貴の部屋にいた。
top next home
template : A Moveable Feast